自律神経失調症の始まりは4歳

今日は、私が不調人生に陥ったきっかけを書きますね。

正直、これを母が読んだらぎょっとしそうですが・・・母は私の小さな頃の症状を知りません。

今の私を知っている方には、「えー!」と驚かれます。今の私は明るく夢に向かってまっしぐら。やりたいことがあれば、どんどん積極的に動くように見えるみたいです。

でも、25歳までの私は超低空飛行で、友達も少ない・趣味は無し・生きる目標も無し。自分のことなんて大っ嫌いでした。

突然ですがあなたは、落ち込みやすいですか?不安になりやすいですか?逆にイライラしやすいですか?

私はたぶん、小さな頃から神経質で敏感な性格だったと思います。

プラスして、母が育児ノイローゼだったため、私がわがままを言ったり、泣いたり、失敗すると、母が異様なまで怒り狂い、叩かれ、蹴られ、、私の太ももはいつも、みみず腫れがたくさんありました。

「言えば怒られる」

「何かすれば怒られる」

だからか、私は無表情・無感動な子でした。

4歳でめまい・耳鳴り・不眠 発症

この発作が起きると、ただ時間が経つことを待つしかなく、じーっと部屋の隅で丸まっていました。

この発作怖いんですよ。自分以外全てがグルングルン回って見えて、車酔いよりもひどくて気持ち悪くなり、ほんのちょっとした音が爆音に聞こえるんです。

以前ある患者さんが、めまいが起きるのが怖くて寝れないと言っていましたが、その気持ち良く分かります。私も恐怖でしかなかったんです。

「どこかへいなくなりたい」

死ぬということを知らなかったので、いなくなりたいといつも思っていて、4才で不眠になってしまいました。

私が通っていた幼稚園がまた厳しいところで、「やる気ないなら帰りなさい!」と先生によく言われていました。やる気がないわけではないんですよ。ただ、覚えるのが人より遅くてどんくさかったんです。運動会などでは、お遊戯をただ座ってみていることもあり、

どこにも心安らぐ場所がなかったです。

幼稚園、小学校といじめを何度か経験し、自己否定、積極性のない子で、周りの顔色をいつも伺う子で、新しいこと、新しい場所、新しい人がとっても苦手でした。

学校や職場は、いつも同じメンバーなので話せるのですが、どこかでばったり会うということがとっても苦手で、一体、何を話したらいいのか?ドギマギしてしまうのです。

自宅の目の前に大型スーパーができたのですが、誰か知り合いに会ったらイヤだからと、何年も行ったことがなく買い物も遠くに行っていました。対人恐怖症ですね。

プラス、大人になってからは、狭い場所に行くと呼吸困難になるようになりました。例えば、電車・トンネル・エレベーター・映画館。いつでもさっと出られる状況なら大丈夫なのですが、周りに人がたくさんいたり、狭かったり、動けない状況だと過呼吸みたいに苦しくなってしまうんです。閉所恐怖症ですね。

電車で遠くに行きたいのに、行けない。どうしても用事がある時には、厄除けと塩を舐めたり、お香を体に振りまいたり、とにかく自分を落ち着かせようと必死でした。

25才までこんな感じで、無趣味・友達少ない・生きる目標がない低空飛行の私でしたが、変わらざるを得ない状況に追い込まれてしまったんです。

どん底からV字回復

25才の時に、何もかもがうまくいかなくなる時が来ました。恋愛・仕事・家族の関係、人間関係が全てうまく回らなくなりました。

「やっぱり」「どうせ」「運が悪い」「何やってもうまくいかない」

看護師の仕事を終えてクタクタなのに、寝れない。寝よう寝ようと必死になるのに寝れない。お酒を飲んでみる。でも寝れない。そうすると、どんどん不安や焦りが募り、そしてネガティブなことしか考えられなくなったり、この世の中で私だけが孤独なのでは?と感じ始めてしまったり。

子どもの時も寝れないとベランダに出て、他の家の明かりを見てほっとしていたのですが、大人になった今、それではほっとできず、いけないことなのですが泥酔のまま車に乗り、向かうは高速道路。

びゅんびゅんに飛ばし、誰かひいてくれないかなばかりを考え、無意識に運転をしていました。すごい飛ばしていたはずなのに、警察にも捕まらず、交通事故にも合わず、気づくと家の駐車場にちゃんと着いている日々を3か月続けました。

「私って死ねないのかも」

そんな躁鬱状態の私に気付いた同僚が夜勤中に、冷たくてくらーい処置室というところに呼び出しました。

「そんなに死にたいなら私が殺してあげる」
「それはできない」
「だったら、みっともない顔を毎日するんじゃないよ」
「1回死んだつもりで、生まれ変わりなさい。私が見ててあげる」
勤務中でしたが、ワンワン泣きました。
「今が最悪なら、これから右肩上がりだね。」
と言われ、そこから私は変わっていきました。変われたコツを、ぜひぜひまた違うブログでお伝えしますね。

そのあと、結婚した主人がDVをするようになり、その時も本当にツラくしんどく悲しい毎日でしたが、DVも今ではなくなり穏やかになりました。このことも、どうやったら治りました?と聞かれるので、また書きますね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

岡村志保

34年間の自律神経失調症から脱した岡村志保です。 16年間看護師をしていました。 現在は2人の育児をしながら、看護師+自分の経験を生かし、女性の悩みに特化した整体院を開業しております。 患者さんが苦痛から解放され、心温まり、自分らしく歩めるような治療を行うために、最高の治療と言葉を提供することをモットーとしています。